『 降る雪に ― (3) ― 』
ヴ −−−−− ン ・・・・・
ごく低い機械音がずっと流れている。
普通の聴覚ならば ほとんど気にならない程度のものだ。
しかし ― 003の耳には かなりの不快な音になって響く。
「 ・・・ ! 」
入口で フランソワーズは思わず眉間に皺を寄せてしまった。
こめかみを強く押さえ 身体竦ませた。
「 ・・・ い たい ・・・ 」
「 にゃあ〜〜ん? 」
マロン色の猫が 少し首を傾げ彼女を見上げている。
「 ・・・ 大丈夫よ ネージュさん・・・ 心配してくれてありがと 」
「 にゃ・・・ 」
ぽんぽん・・・ と アタマを軽く撫でた。
「 ふふん ― お入り。 ネージュがそんなに懐いているなら
お前さんは 邪なココロはもっていないんだろよ 」
部屋の奥から聞こえる声は 不愛想だがこちらを拒否しているわけでは
なさそうだ。
フランソワーズは おずおずと足を進めた。
「 ・・・ あ あのう〜〜 」
「 そんなとこに突っ立ってないで ほら。 こっちに掛けなさい。 」
老婆は 枯れ木みたいな腕で向かい側のソファを指した。
「 あ・・・ は はい ・・・ あら ネージュさん 」
「 にゃあ〜〜ん 」
猫は ぴょん・・・とソファに飛び乗ると 老婆の膝ににじり寄った。
「 やっぱり飼い主さんが一番いいのかしら 」
「 にゃ〜〜 」
「 ・・・ ここの音が アタマに響くかい。
やはりお前さんも サイボーグ なんだね 」
じっとこちらを見つめるその瞳は 膝元にいる猫よりも
薄い薄い水色で どこまでも澄んでいる。
「 ・・・ あ あのう ・・・ はい、わたしはサイボーグです 」
「 ふふん ・・・ 人工的なモノはoffにしたらいい。
ここの音はニンゲンには害はないよ。 」
「 はい ・・・ あ ら 」
003の視覚 と 聴覚 を遮断した途端に 不快感は消失した。
「 ほうら ね。 さあ そこに座ったらいい 」
「 ・・・ はい 」
ぽすん。 ソファの片隅に彼女は腰を下ろした。
「 ― あのう ここは ラボラトリー なのですか 」
フランソワーズは やっとマトモに老婆と向き合えた。
髪は真っ白だが 背筋はぴん、と伸び 顔は艶やかだ。
大きな瞳が なによりも印象的で思わずじっと見つめてしまう。
― 綺麗なヒト ・・・
御歳のようだけれど
印象は若々しいのよ
ああ きっと若い頃は
素晴らしい美人さんだったのでしょうね
「 おや さすがにメカニック類には目が利くね 」
「 ・・・ とても設備の整ったラボに見えますが ・・・
ご城主さまのものなのですか 」
「 そうさ。 ここがこの城を支えている中核だ。
私の父親の研究室が基になっているんだ 」
「 ・・・ お父様 ・・・ 科学者だったのですか 」
「 変人だったが ― 頭脳は大したものだったね。
マルチ天才 というか なんでもこなしていた・・・
そう なんでも ね 」
「 なんでも? この城を作られたのですよね
すごい ・・・ なにか別世界でステキです 」
「 ・・・ お前さん あの仲間たちから聞いていないのかい 」
老婆は 真正面からフランソワーズを見つめる。
「 ?? なにを ですか 」
「 私の名は レナ。 姉は リンダ 」
「 はあ ・・・ わたしは フランソワーズ といいます 」
「 おや。 本当になにも知らないようだね 」
「 あの ・・・ お名前は初めて伺いました ・・・ 」
「 − そうかい ・・・ あの二人は私達のことを
誰にも話してはいない のか。
あの 冬のカーニバル での顛末を ― 」
「 はい。 ジョーもアルベルトも ・・・ あの二人ですけど
なにも話してはいません。 」
「 ふうん 彼らは 約束を守っているんだ ・・・ 」
「 やくそく ・・・?
あのう 二人は ここに ・・・ 来たことがあるのですか 」
「 ― ああ 昼の鐘が鳴っている ・・・
ネージュを連れて上にお帰り。
・・・ 彼らが約束を守るなら 私も倣わないとね。
戻って 二人と会うといい 」
「 あの あの・・・ わたし またここにお邪魔してもいいですか 」
「 ― ネージュがよい、と言ったら ね 」
「 ・・・ は はい ・・・ 」
「 すべてネージュに任せてあるから。
その気にならなかったら ― このまま 外の世界に帰っていいよ 」
「 え い いえ ・・・ あの!
わたし またお邪魔させてください 」
「 ・・・・ 」
老婆は ふい・・・と部屋の奥を向いてしまった。
フランソワーズは 必死でその視線を追った。
え ・・・ うわあ
すご ・・・ い 設備 ・・・
ウチの博士の研究室より規模が大きいかも・・・
あ あら ??
一番奥に あるのは なに ??
白い人影が 箱に入っている ・・・?
ああ よく見えないわ
「 にいああ〜〜 ? 」
マロン色の猫は とん、と床に降りるととことこ・・・
戸口へ歩きだした。
「 ネージュさん ・・・ 待って
あの・・・ 失礼します また伺っていいですか 」
「 ネージュに聞け、と言った。 お帰り 」
「 ・・・ シツレイします 」
老婆はもう奥を向いてしまい、こちらを振り向うともしない。
・・・仕方無いわ
ここは撤退ね ・・・
でも アレは ― 確かにヒトだわ
フランソワーズは 立ち去りがたく 振り返りその広く薄暗い部屋を
つくづくと眺めてしまう。
「 にいああ? 」
猫が また鳴いた。
「 あ ごめんなさい 上に戻りましょう、いらっしゃいな 」
「 にゃあぁ 」
腕を差し伸べると 猫はすぐに飛び込んできた。
「 もふもふさん? さあ 上までご案内 よろしくね 」
「 にゃあ〜〜ん 」
一声 高く鳴いた猫さんと一緒に フランソワーズは 地下室を辞去した。
♪〜〜 ♪♪ ♪〜〜〜
先ほどの聞いた音が 再び流れてきた。
「 あ ・・・ これは あの時の音楽ね!
え〜〜と ・・ 音楽室はどっちだったかしら 」
地下から戻ってくる途中 フランソワーズはあの懐かしい音の弾き手を
探し < 寄り道 > を始めた。
「 えっと・・・ そうそう こっちの角を曲がったんだわ 」
♪♪♪ ♪〜〜〜〜
妙なる調べを追って 彼女はあの広い音楽室に辿りついた。
「 ・・・ ここ ね ! え〜〜と ・・・ 」
周囲のソファにいた観客達の姿なく 中年の男性が一人、調べに耳を傾けていた。
― 中央ではピアノとヴァイオリンが 奏であっていた。
やっぱり アルベルトだわ
ねえ わたし ここよ!
タタタタ −−−− 裳裾を摘み上げ駆け寄った。
「 アルベルト! やっぱり貴方だったのね! 」
ぽん。 ピアノの音が 途切れた。
「 御客さん なにか御用ですか 」
銀髪のピアニストは 演奏の手を止め穏やかな眼差しを向けた。
「 ・・・ 御用って あなたはアルベルトでしょう?? 」
「 仏蘭西のお嬢さん。 俺はこの城の楽師です。 」
「 ― ねえ アルベルト よね? 」
「 お嬢さん。 どうして俺の名をご存知なのですか 」
薄い色の瞳は あくまで礼儀正しく控えめ ― そしてよそよそしい。
・・・ うそ ・・・?
≪ アルベルト! 返信して!!! ≫
至近距離で最大出力で 呼びかけてみたが ― なにも返ってはこない。
・・・ 閉じてるんだ ・・・
ううん ちがうわ。
脳波通信 なんて知らないのね
「 あの 御客さん 気分でも悪いのですか 」
彼女のあまりな意気消沈ぶりに ピアニスト氏も驚いた様子だ。
「 あ ・・・ いえ あの。 なんでもありません
・・・ あの ・・・ わたし 貴方の演奏のファンなの ・・・
あの ・・・ 教えてくださいな。 」
「 ・・・? なんでしょうか 」
「 さっき合奏していた方 あの方は ・・・? 」
「 あのヴァイオリニストは 俺の婚約者ですが 」
「 ああ やっぱり! 」
「 ??? 」
「 ― あのう ・・・ 妙なことを聞く、と思われるでしょうけど・・・
貴方は ここで 幸せ ですか
」
「 そう 思っています 」
「 そうですか。 では ・・・ ずっとここに居たい と
願っていますか 」
「 それは ― ここは素晴らしいホールがあるし 楽器も・・・ 」
「 それに 彼女がいるから ? 」
「 ― そう です。 」
わたし ・・・
もうこれ以上は 聞けない わ
ごめんなさい 楽しい時間をお邪魔して・・・
「 そう ・・・ですか ステキな理由ね?
ああ どうぞ 演奏を続けてくださいな 」
「 ― 失礼いたしました 」
ピアニスト氏は丁寧に会釈をし ― 輝く笑顔を 後ろのソファに向けた。
「 ― 待たせたな 」
そこには ヴァイオリンを抱えた金髪の女性が寛いでいた。
「 御用は終わったのかしら 」
「 ああ。 次はなにを ・・? 」
「 そう ね モーツァルトを 」
「 了解 ― 」
たった二言・三言のやりとりだけで彼らはすぐにまた弾き始めるのだ。
二つの音はたちまち響き合い 導き合い 寄り添う
ああ ・・・
これは 二人のラブ・トーク なんだ・・・
「 ・・・ すごい わあ ・・・ 」
ソファの隅に座り フランソワーズもその心地よい調べに耳を傾ける。
「 ― マドモアゼル? 貴女は彼らのファンなのですか 」
「 ・・・え? あ は はい ・・・ 」
片隅にいた男性が そっと声を掛けた。
「 素晴らしいハーモニーですな ・・・ 最高です 」
「 ― はい 」
彼女も思わず笑顔を その男性に向けた。
「 ・・・ おや。 貴女は ・・・
どこかでお目にかかったことが ありましたかね 」
「 ・・・ いいえ? わたし こちらのお城には そのう〜〜
初めて伺いました 」
「 そう ですか ・・・ 貴女のお顔に見覚えが・・・
! ああ 思い出しましたよ。
私の旧い友人のもっていた 妹さんの姿絵です ! 」
「 ・・・ え ・・・ ? 」
「 とてもとても大切にしていらっしゃって ・・・
どうも お若い頃に亡くなられたようでしたが 」
「 ・・・ そ そうです か ・・・
そんなに よく似ています ・・・? 」
「 ええ 私はその絵を拝見しただけですが ―
一目で彼女の笑顔に恋をしましたよ 」
「 ・・・ ・・・ 」
「 ああ 本当によく似ていらっしゃる・・・ 」
男性は ほれぼれと彼女を見つめる。
「 ・・・あ あの ・・・ 」
「 ! これは失礼をいたしました。 亡くなった方と
似ている などと不愉快なことを申しあげました 」
言葉を途切らせ 俯いてしまった彼女に 男性は慌てて詫びた。
「 あ い いえ ・・・
あのう ・・・ ひとつ教えて下さいますか 」
「 ? なんでしょう 」
「 その ・・・ 絵をもっていたヒトは ・・・? 」
「 私の旧い友です。 若い頃からの友人なのです。 」
「 そう ですか ・・・ 」
「 ・・・ ああ 失礼いたしました。 貴女の折角の音楽鑑賞を
邪魔してしまいましたね ― 」
彼は 丁寧に会釈をすると 先ほどまでのソファへと戻っていった。
「 あ ・・・ あの ・・・・ 」
思わず フランソワーズは腰を浮かせたが
― この城に居らっしゃれば 会えますよ きっと
「 え?? な なに? なんなの??? 」
不意にアタマの中にそんな言葉が飛び込んできた。
! なんなの ・・・?
脳波通信 とも違う
でも。 はっきり聞こえたわ
驚いて あの男性の方を見つめたが 彼はゆったりと座り
流れる調べを 楽しんでいるだけだった。
「 ・・・ ここにいれば 会える ?
会える って ― ジャン兄さん に ・・・?
お兄さんも ここに 居るっていうの ? 」
美しい調べが流れる中 フランソワーズは困惑の渦に沈みこんでしまっている。
音楽どころか 周囲の様子も全く意識に入ってこない。
・・・ どれほど経っただろか ・・・
「 ― 御客様? ランチのご用意ができました。 」
後ろから 控えめな声が聞こえた。
「 あの お嬢様 ・・・? 」
今朝 着替えを手伝ってくれた婦人が怪訝な顔で後ろに立っていた。
「 ― え ・・・・ あ ああ ・・・
あの ごめんなさい ちょっと お部屋で休みたいので
ランチは 失礼します ・・・ 」
「 お加減がお悪いのですか?
でしたら 是非。 マーサのパン を召しあがってくださいませ。
邪悪な気 は 逃げてゆきます
」
「 ・・・ マーサの パン ・・? 」
「 はい。 マーサさんは この城の厨房でパンを焼いているのですが
それはそれは美味しいのです。
み〜〜んな 御客様から城の住人 皆が彼女の焼くパンで
元気をもらっているのです。 」
「 なにか特別なパンなのですか? 」
「 いいえ 城内の畑でとれる小麦と 息子のジョーが面倒をみている家畜の
乳をつかって 焼き上げます。 」
「 え ・・・ む すこの ジョー ・・・? 」
「 はい あの羊小屋のジョー は マーサさんの息子さんです 」
「 ! ・・・ あ あの。 やはりわたし ランチに伺いますわ! 」
「 是非 そうなさいませ。 」
「 あ その前に ちょっと ・・・ 羊小屋はどこにあるのですか 」
「 ? ああ ジョーにお会いになりたいのなら
厨房へどうぞ。 母親の手伝いをしていますわ 」
「 ! ありがとう! 」
御客のお嬢様は ドレスの裾をたくし上げるとすごい速さで駆けていった。
ガタン コトン ざ〜〜〜 しゅしゅしゅ ・・・
広い厨房からは いろいろな音が聞こえてくる。
そして いろいろなニオイも 賑やかな声も 漏れてくる。
城の裏庭に近いところ、入口ちかくに 大きな石窯がいくつも据えていあり
炎の熱気が 籠っていた。
「 あ あのう〜〜〜 」
フランソワーズは おっかなびっくり入口から声をかけた。
「 ― 失礼します〜〜〜〜 」
「 あ ごめんなさい ・・・ 」
彼女の横を 大きな銀盆をささげ給仕人たちが颯爽と出てゆく。
ガラガラガラ −−−
ワゴンに 蓋のついた食器をいくも乗せ押してゆくモノもいる。
「 あのう ・・・ 」
「 ― はい? 御客さま なにか ・・・? 」
入口近くで 配膳をしていた少年がやっと気づいてくれた。
「 はい あのう ・・・ 羊小屋のジョー さん ・・・ います? 」
「 え?? あ ジョーさんですかあ あれえ? いないなあ
窯の側にいなかったら 外にいますよ〜〜 鶏がいるから 」
「 ありがとう〜〜 」
爪先立ってみれば 窯の前には白いエプロンをした黒髪の婦人が
真剣な表情で火の具合を調節していた。
ふうん ・・・・
あの方が マーサさん かしら。
まあ キレイな黒い髪・・
ああ ここは戦場ねえ
邪魔になるので 厨房の横から裏庭に出てみた。
桶やら樽やらがごたごた・・置いてある。
すこし先に見える緑は 畑だろうか ・・・
それらの合い間を 白やら茶色の鶏たちが 自由に行き来している。
こ〜〜〜っこっこっこっ コケッコ 〜〜〜〜
「 やあ みんな元気だね〜 ほら ゴハンだよう〜〜〜
おいで おいで〜 じい様も おいで〜〜〜 」
樽に座った茶髪の少年が 鶏たちに餌を撒いている。
「 茶色かあさ〜〜ん ひよこたちは元気かい?
ほ〜ら〜〜 おたべぇ 〜〜〜 」
彼は本当に楽しそうで 足元にはあの茶色毛の犬がのんびり寝そべっている。
! ジョー よ ジョーだわ!
≪ ジョー! わたし ここよ! ≫
またしても至近距離 ・ 最大出力 で脳波通信を試みたが
― なんの反応もない。
・・・ ジョーも ・・・
脳波通信 なんて 知らないのね
なんだかチカラが抜けて 彼女はふらふらと ・・・ 壁に寄り掛かった。
― 足元も危うかったのかも しれない。
「 ! あれ! 大丈夫ですか!? 」
樽の上から 少年が飛び降りて駆け寄ってきてくれた。
わん? わわわん くう〜〜〜ん
茶色毛の犬も 側に身を寄せてくれる。
「 ・・・ あ ・・・・ ああ ごめんなさい ・・・ 」
フランソワーズは なんとか姿勢を立て直した。
「 さあ ゆっくりかけて ・・・ この桶に ・・・ 」
「 ありがとう ・・・ 」
彼は 手をとり伏せた大きな桶に彼女を座らせた。
「 ・・・ 大丈夫ですか? 水 のみます? 」
「 はい ・・・ 」
「 ん〜〜 ちょっと待ってくださいね〜〜 」
厨房に駆けこむと 彼は分厚い磁器のカップを持ってきた。
「 どうぞ! ここの井戸の水はおいしいです! 」
「 ・・・あ ありがとうございます 」
フランソワーズは素直に受け取り ひと口・・・含んだ。
「 ・・・ おいしい ・・・ つめたくて
ああ すっきりしてきました ・・・ 」
「 よかった〜〜 あれ 今朝のお嬢さん ですか。 」
「 ええ あのう ・・・ 羊小屋のジョー さん?
お水 どうもありがとう。 とてもとても美味しいわ 」
「 えへへ ・・・ ここの井戸水は最高ですよ。
羊や鶏たちも飲んでるんですよ〜〜 」
「 そう ・・・ あのう ジョーさん ですよね? 」
「 はい。 ・・・ なにか 」
明るい茶色の瞳が まっすぐにこちらに向けられる。
とてもフレンドリーな雰囲気だ ―
でも これは 知らないヒト への視線だわ
わたしの知ってる ジョー じゃない。
わたしの 好きな
― わたしが 愛している
ジョー じゃあないわ ・・・
そのあまりの無邪気さに 彼女はまた俯いてしまう。
「 い いえ ・・・ あ あなたのお母様は素晴らしい料理人なのね
お城の皆さんが お母様のパンを楽しみにしている・・・って
伺ったわ 」
「 え いやあ 母さんは あ ぼくの母は ただの パン焼き です 」
「 美味しいパン焼き でしょう? 」
「 えへへ ・・・ さあ 御客さまもどうぞ母のパンを!
きっと気に入ってくださいます 」
「 ・・・ ええ ・・・ 」
「 あ 母さ〜〜ん 焼きたて、あるかなあ〜 」
彼は厨房の入口へ 声を掛けた。
「 ジョーかい? ああ 今 窯から出したのがあるよ 」
「 わお ラッキ〜〜 お嬢さん どうぞ! 出来立て、見ます? 」
ぱっと差し出された手は ― いつもと同じ手 だったけれど。
・・・ ジョーの 手 ・・・
大きくて 温かくて
どんな時でも わたしを安心させてくれるの
ああ ああ でも 今 この手は
わたしを知らない手 だわ
「 ・・・ あり がと ・・・ 」
「 立てますか? あれえ まだ顔色 悪いですねえ〜〜
あ そうだ! ねえ 母さ〜〜ん あのさ 御客さんが ねえ 〜〜 」
彼は 厨房の入口にいるらしい母親へ 声を張り上げる。
すぐに ゆったりとした声が返ってきた。
「 ? ・・・ ああ わかった。 母さんに任せておおき。
今ゆくから 御客さんの側にいてあげて 」
「 わ〜〜かった〜〜 御客さん 気を楽にしてて・・・
あ クビクロ〜〜 相手をしてあげてくれる? 」
くう〜〜〜ん くんくん・・・
茶色毛の犬が そのふさふさの身体で彼女の足を温めてくれる。
「 ・・・ あら いい気持ち ・・・ ありがとう わんさん 」
わん! くう〜〜ん・・・
「 あは・・・ クビクロ っていうんです て。 」
「 ごめんなさい クビクロさん ありがとう 」
カチャン −−− 中年の婦人がお盆を持って現れた。
「 お嬢さん ご気分がすぐれませんのですか?
どうぞ。 アタシの ミルク・プディング を食べれば
ワルイモノは 逃げてゆきますよ 」
「 まあ ・・・ 」
「 あ〜〜 そうだよ〜〜 母さんのミルク・プディングはピカイチなんだ〜
すぐに元気になりますよ 」
「 ・・・ いただきます 」
そっとスプーンで掬ったそれは とても懐かしい優しい味だった。
「 とても 美味しいです とても・・・ 」
「 ああ よかった お嬢さん、その笑顔が出れば大丈夫ですよ 」
「 ね 御客さん ウチの母さんのプディングは最高でしょう? 」
「 はい ・・・ つるんと冷たくて甘くて ・・・
あら 身体の中からほんわり温かくなってきました? 」
「 うふふ さあ これを全部召しあがれ。
そうすれば ピンクのほっぺにもどります。 」
「 はい。 ああ 本当に美味しい ・・・ 」
プディングを食べるフランソワーズを マーサとジョーは
にこにこ ・・・ 眺めていた。
くう〜〜〜ん ・・・ 足元でクビクロも声を上げた。
「 どうしたの クビクロ? あら お嬢さん。
足元が・・・ 室内履きですよ?
ああ わかったです その足で歩きまわって冷えが上ってきたんですよ 」
「 あ ・・・ あのう カカトの高い靴が辛くて・・・
室内履きに履き替えたままでした ・・・ 」
「 いけませんよう〜〜 お嬢さん、女にはね 冷えは大敵です。
ほうら アタシをご覧くださいな 」
マーサさんは 広いスカートをたくし上げた。
ごろごろ編んだ毛糸の靴下が 丈夫な靴を覆っている。
「 ・・・温かそうですね 」
「 はい。 これを穿けば厨房に長い間 立っていても大丈夫ですよ。 」
「 母さんの あ、 母は 編み物も上手なんです。
ぼくのセーターや手袋は全部 母が編みます。 」
「 ふふふ 腹巻もね! ジョー ちゃんと腹巻、してるかい? 」
「 してるよっ 超〜〜 あったかいもん 」
よく似た瞳を見合わせ 母と息子はに〜〜〜っと笑い合う。
・・・ しあわせ なのね
ジョー ・・・
これは。
きっとアナタがず〜〜〜っと欲しかった世界 ね?
ジョー ・・・ 幸せね。
― ああ わたしに アナタの幸せを
壊すなんてこと できない できないわ
「 ・・・ ステキな親子さんですね ・・・ 」
「 ありがとうございます、お嬢さん。
み〜〜んな 城主さまのお蔭です 」
「 ― 城主さま? ・・・ この城の ??
あのう お会いになったこと は ・・? 」
「 ありますよう〜〜 皆 存じ上げています。 」
「 皆 …? ここに住んでいるひと 皆 ですか 」
「 はい お嬢さん。 皆がお世話になっていますよ。
私は赤ん坊のジョーを抱いて行倒れている所を
この城に助けられたのです。 」
「 ぼくは ずっとこの城で育ちました。
ああ クビクロもね 仔犬の頃に 親犬にはぐれたのか
城の側でウロウロしているのを 拾ったんです 」
「 そう ・・・ なんですか ・・・ 」
「 だから 彼もぼくの家族です。
あ 羊たちも鶏たちも 家族 かなあ 」
「 ふふふ とんだ大家族なんですよ〜〜〜 」
ジョーの母親は 磊落に笑った。
ジョー ・・・
幸せ なのね。
お母様とクビクロと
本当になんて素敵な笑顔なの
城主様のお蔭 ・・・ か ・・・
「 元気がでましたね? ああ ほっぺが少しピンクにもどりましたよ。
お嬢さん
」
「 え ・・・ そうですか? 本当に美味しいプディング ・・・
ありがとうございました。 」
「 お嬢さん。 明日は ぼくの羊たちを見に来てください。
クビクロはね と〜〜っても優秀な牧羊犬なんです。 」
「 ジョー・・・さん は 優秀な羊飼いさんなですね 」
「 あは ・・・ 羊も鶏も み〜〜んなトモダチだから ・・・
さあ 午後の放牧に行こうかあ クビクロ 」
「 わん! 」
足元に控えていた茶色犬は 立ち上がり勢いよく吠えた。
「 よしよし ・・・ 母さん じゃあ 城の西側に羊たちを
つれてゆくね 」
「 ああ。 気を付けてね 」
「 ウン。 御客さんのお嬢さん〜〜 また ね! 」
ぴゅ〜〜 ッ
口笛を吹きつつ少年と犬は 城の厨房から遠ざかっていった。
ジョー ・・・・
あなた 幸せ なのね ・・
とても とてもとても
「 ステキな息子さんですね 」
「 はい 自慢の息子です。
お嬢さんも ― ここにいらして しあわせ ですか 」
「 ― はい? 」
マーサさあ〜〜〜ん 次のパン まだかしらあ〜〜〜
厨房から 大きな声が呼んでいる。
「 あ はああ〜〜い じゃあ お嬢さん。
・・・ ジョーと仲良くしてやってくださいね 」
「 ・・・ あ ・・・ 」
白いエプロンを翻し マーサさんは厨房に駆け戻っていった。
ここでは ― 願っていたことが
焦がれていたことが
・・・ 現実になっている ・・・?
フランソワーズは しばらく桶に腰かけたまま
ぼんやり ・・・ 城の裏庭を眺めていた。
ずいぶん昔、絵本の中で見るような おとぎ話に出てきそうな光景だ。
その中にいる自分自身も 絵本のお姫様 みたいな恰好なのだ。
「 この世界は ― あの レナさん が 造った ??
でも ・・・ どうして皆の願い がわかるの?? 」
♪♪ 〜〜〜〜 ♪♪♪ 〜〜〜〜
ピアノの音が 微かに聞こえてきた。
「 ! アルベルトね。 もう一回 確かめるわ! 」
す ・・・。
ドレスの裳裾を引き お客人のお嬢さんは ゆっくりと城の中に
戻っていった。
Last updated : 09.27.2022. back / index / next
********** 途中ですが
原作 あのお話 へのオマージュ というか ・・・・
自分流の 後日談 のつもり (+_+)